2015年9月19日発行LIM76号より
ますます見えなくなるTPPの目的武田かおり(AMネット)
TPP概況7月末ハワイ マウイ島で開催された閣僚会合は大筋合意に至らず閉幕しました。その後、甘利大臣は8月中の閣僚会合開催を目指しましたが、交渉官も夏季休暇(!)に入り開催困難となったものの、すでに事務レベルの協議が始まっています。
直近ではニュージーランド(NZ)グローサー貿易相が「90%の確率で年内合意できる」と発言、オバマ大統領も9月末〜10月頭の閣僚会合開催を示唆し、「年内に(合意)できる」と発言しており、予断を許さない状況がまた続きます。
今後、10月にはカナダ大統領選、2016年の米国大統領選など参加国の多くが選挙を控えています。政権交代となれば、これまでの交渉結果を見直す可能性も増し、漂流の可能性が一気に広がります。
自動車のメリットすら危ういハワイ会合決裂直後の会見で甘利大臣は「某国(NZ)は頭を冷やすべきだ」と批判しました。
しかしNZグローサー貿易相は「NZが乳製品で譲らなかったのが原因であるかのように報じられているが、全くの虚偽だ。皆が非常に驚いたのは、メキシコが自動車の原産地規則について『日米合意は受け入れがたい』と言った時だ」と明かしています。当然、その他にも難航分野は多くあり、原因がそれ一つではないでしょうが、自動車が大きな争点であったことは間違いありません。
自動車の「原産地規則」は、これまで日米交渉で「域内比率40%強」で調整していたものの、メキシコ・カナダはNAFTAと同程度の60%を希望していました。これまで日米が主導するとばかりに交渉を進めてきましたが、決して「日米で調整できればよい」ものではなく、他国との調整不足があらわに示されました。もし60%となれば、調達範囲がTPP域外が多い日本は自動車関税撤廃の適用外になる可能性がでてきます。
ただでさえ、米国の自動車関税撤廃の猶予期間は30年以上で決着見込みと言われています。
東大鈴木宣弘教授は「TPP交渉の最大メリットがなくなり、ただでさえ少ないTPPの利益は半減以上となる。(自動車の原産地規則が大きな対立点だったことは)TPP推進上言いづらい不都合な真実だ」と指摘しています。
国益を守る各国の主張会合後の記者会見において、甘利担当大臣は「米国はあっさりと断念を決めてしまった」と評しました。では他参加国はどういった主張をしていたのでしょうか。
NZグローサー貿易相「この作業はNZに最良の合意を得るため。合意を成立させるためではない」
豪州ロブ貿易相「我が国に直接影響を与える重要な未解決問題が存在する」
マレーシア ムスタパ国際貿易相「それぞれの国内で問題点を解消した上でTPPに署名することになる」
米国アーネスト報道官「大統領は基準を満たさない協定には署名しない。米国が歩み寄らなかったと批判されても特に驚かない」
と国益を守るべく、自国の重要分野や妥協できない点について、各国にくぎを刺しています。
そんな中、甘利大臣は「あと1回閣僚会合が開かれれば決着できる。各国とも思いは共有している」などと合意さえすればよいかのような発言を繰り返しています。どの国も最後のカードを切らぬ中、日本政府はどこまで妥協するのでしょうか。
米国TPA法案が成立そもそも米国政府は通商交渉権限がなく米国議会にあります。その権限を大統領に一任するのがTPAだと説明され、TPAがないとTPP交渉は進まないとしてきました。しかし権限を失う米国議会はTPA成立を認めず、複雑なプロセスのため成立は困難だとも言われてきました。しかし、雇用支援対策(TAA)と切り離し、反対しにくい「消防士年金法案」をセットで可決。「人権侵害問題の最低ランクのマレーシアとは貿易しない」という問題も、TPP閣僚会合の前日にランクを引き上げるなど、まさに想像を絶する力技かつ必死の攻防が米国議会で繰り広げられ、 6月29日成立しました。
しかし、TPA法案が成立したことで、大統領は議会から通商交渉権限を一任されたのでしょうか?
従来、TPAは通称「貿易促進権限」と呼ばれますが、直訳は「超党派連邦議会通商優先事項法」でした。今回成立したTPA法は「超党派貿易の優先事項と説明責任に関する法」であり、議会への説明責任が加わっています。
中身を見ても、今回のTPA法は「TPAの目標を達成していない」と上院・下院いずれかが判断すれば、適用を取りやめる仕組みができました。これにより、大統領に一任されたどころか、米国議会の関与は強まったともいえます。だからこそ、ハワイ閣僚会合で米国も妥協できず、すぐにあきらめたのでしょう。議会の意向に配慮する、いわば当たり前の姿でもあります。
また「相手国が協定を守ったと大統領から議会に通知がされない限り、米国に限って協定を発効しない」という最近の米国のFTAにある、懸念されていた規定も入りました。相手国に対し米国はこの規定を使って、協定内容の履行を迫る事例が報告されています。この、「守ったと、米国が認めないとダメ」という各国NGOが問題視する「承認手続き問題」が確実なものとなりました。
米国の「承認手続き」を先取りする日本TPPと並行する日米交渉は現在、農産物や自動車のみがクローズアップされていますが、何を交渉しているのかリークもなく情報公開も一部であり、全体像が全く分かりません。しかし、国家戦略特区や規制改革など日本政府自身の「改革」はどんどん進められています。
「農産物関税のみならず、軽自動車の税金1.5倍、自由診療の拡大、全国郵便局窓口での保険販売、BSE(牛海綿状脳症)輸入規制の緩和、ポストハーベスト(防かび剤)など食品安全基準の緩和、ISDSへの賛成など、関税以外の分野も「自主的に」対応し、政権交代前、自民党の決議した国益6項目は破たんしている。またそれらは米国の『承認手続き』の準備がすでに順次進んでいるともいえる」との鈴木教授の指摘は、全くそのとおりだと感じます。
もしTPPが漂流したとしても、これまでの交渉、特に日米交渉内容について、TPPと同様に情報公開が必要です。一方「私たちはどんな社会が良いのか」「目指していくのか」。対案ブームが良いとは決して思いませんが、具体的にイメージし、少しでもできることをやり始める段階に来ていると感じます。■
posted by AMnet at 10:46
|
TrackBack(0)
|
TPP
|

|