北海道通信〜この先の『食と農と環境』への取り組みvol. 2
清水 敬弘さん
※vol.1はこちらから
第2回は、TPPが今後、北海道にもたらす様々な影響等について考えたいと思います。
北海道は『日本の食糧生産基地』と呼ばれ、TPPの他、貿易交渉事における農畜産物「関税交渉」では、最も甚大な影響が及ぶとされる地域です。
日増しに明らかになる交渉結果で、強く批判されているのが【聖域】と呼称され、北海道で多くを生産するコメや牛肉を含む「重要5品目」の関税交渉における『大幅譲歩』であります。
実は、北海道で意欲をもって農業を始める若き農業青年は、大半の方が親の栽培する農産物が、『政府管掌作物※』であることを知りません。
TPP問題を知ることは、国内外をめぐる農業政策の『違いや構造的課題』を知ることです。
日本国内で栽培する野菜類や果樹などの『市場流通品目』と、『政府管掌作目※』との収支の違いや仕組みを勉強する機会が乏しいことから、北海道の各JAでは青年部・女性部向けの「農政学習会」などを進める様になりました。
(※国が内外価格差是正を目的に、作物価格を決める「国家貿易品目」に指定される作物:コメ・麦等)
ここからは、前述のTPP交渉「大筋合意(大幅譲歩)」ではどの様な影響が予測されるのかを検証していきます。
現在、日本の関税収入は約9,300億円(平成23年内閣府調べ)とされ、多種多様な国内農畜産物をその『重要度』などによって高関税をかけ、農作物の無秩序な輸入を防いでいます。
これまで、関税収入を財源とし農業政策を構築していた農水省は、「足りない部分は(国民理解を経て)一般財源で賄う」と、北海道の政府説明会で回答しました。
我々は、今もなお財政逼迫し【借金大国】と揶揄されている日本の国民各層に「納税者理解」を得ることは極めて難しいものと理解しています。従って、前述の「国家貿易品目」指定の『政府管掌作物』は事実上、作付できず、そのほとんどが海外原料に置き換わることが予測されます。
かつて、日本の貿易交渉では1951年の丸太関税撤廃や、1964年の木材「完全輸入自由化」が断行され、全国各地の林業振興は荒廃し、北海道で林業関連の雇用を失ったマチは、その後衰退の一途を辿りました。
「農業生産だけは失ってはならない!」と訴える、基礎自治体首長が北海道には多数おります。それは、農林水産業が、『基幹産業』として、地域のコミュニティ形成を担ってきたからです。
北海道庁農政部では、TPPが農業分野に与える影響試算額を見直し、総額1兆5,846億円、地域雇用でも11.2万人失われると下方修正しました。しかし、私どもの『独自試算』では、これ以上のインパクトがあるとみており、現在も、影響試算の検証を続けております。
また一方で、北海道はTPP妥結以降も、広大な大地を利活用して、大規模畑作・酪農経営ができると論じる各界有識者の方々がおられますが、これは大きな間違いです。
規模の大小を問わず、農業経営にも『損益分岐点』があり、TPP以前から国の政策誘導などによって、大規模畑作・酪農経営を行うために、高額な借り入れをした資本投資の支払いが残る農家が多くいます。
前述の、意欲ある当地の若き農業青年は、来る日も早朝から夜遅くまでの『過重労働』を、こなしています。
大切な『親子時間(先代から農業経営を学ぶ時間)』や農政学習の時間の代償の上に、農地面積や家畜頭数の『規模拡大』を進めてきました。あくまでも、農業経営は『個人の判断』です。
しかし国や農水省が提示する農業政策推進は『政府管掌作物』栽培であり、北海道農業者の近未来の経営判断に極めて大きな地域影響を及ぼすことを、私は前職が農業者であった経験則から痛いほど理解しております。
そのため、この先の見通しが全く立たない経営体が後を絶たず、健全経営の家族農家でも余力財産がある内にと、『見切り(離農)』をすることが予測されています。
最後になりますが、【終わりの始まり】が見えてしまうかの様な国内農畜産物関税の『大幅譲歩』となるTPPの大筋合意ですが、国会批准までは時間が残されております。
この先も、北海道農業は日本を支え続ける基礎食料生産を持続していくためにも、私どもは決して諦めることなく、TPP断固反対運動の各種対策を講じてまいります。■
<これまでの北海道通信はこちらから>
北海道通信vol.1 北海道JAの役割
http://am-net.seesaa.net/article/430972793.html
北海道通信vol.2北海道農業とTPP聖域5品目の関係
http://am-net.seesaa.net/article/438060983.html
北海道通信vol.3北海道農業事情
http://am-net.seesaa.net/article/439134227.html
北海道通信vol.4 生乳の仕組み、指定団体制度の役割
http://am-net.seesaa.net/article/442570265.html
北海道通信vol.5 バター不足の真実
http://am-net.seesaa.net/article/442570586.html
【関連する記事】
- 『なつぞら』からみる「北海道の酪農家の変遷」北海道通信 〜この先の『食と農と環境..
- 北海道通信「下町ロケットから考える〜最新技術とコミュニティ編〜この先の『食と農と..
- 農業政策(産業政策)があっても、「農村政策」(地域政策)が欠けている!→北海道通..
- 北海道通信〜この先の『食と農と環境』の取り組みへVOL.12 「種子法」をめぐ..
- 北海道通信〜この先の『食と農と環境』の取り組みへvol.11 (食の「安全・安心..
- 北海道通信〜この先の『食と農と環境』の取り組みへvol.10(ポテチショック編)..
- 北海道通信〜この先の『食と農と環境』の取り組みへ〜vol.9【日欧EPAチーズ編..
- 北海道通信〜甚大な台風被害と災害補助の状況〜vol.6
- 北海道酪農・畜産に及ぼす影響‐バター不足の真実‐AMネット会報より「北海道通信v..
- 北海道酪農・畜産に及ぼす影響‐生乳の仕組み、指定団体制度の役割‐AMネット会報よ..