子どもの頃、よく父親の実家の農作業を手伝いに行きました。
手伝う、と言っても、農作業するのは専ら父親で、田んぼの周辺で遊んでいただけですが。
田んぼには、それぞれ名前がありました。
一つの田んぼを”オシロンジョ”、別の田んぼを”ハッコウデン”などと呼びながら、農作業が行われていたのをおぼろげながら覚えています。
旧村単位の中で、小字くらいの地名だったのでしょうか。
漢字でどう表記するのか、などを知っておくと良かったのに、なんて、今さら思います。
小字単位であっても、地名には土地の意味、歴史などが込められています。
地元で水環境について調べて回っています。
ため池、井戸、井堰、マンボなどを調べていくと、小字単位の地名に出くわします。水に関わるもの、土地の形状を表すもの、条里制の名残、など、想像をかきたてられ、さらに調べようという動機づけにもなってきます。
一定以上の高齢の方には小字名で通じることがありますが、それもほとんど難しくなっています。
構造改善事業で農地の形状が変ってしまった。
大規模灌漑事業で水の流れも変ってしまった。
半世紀前の過去の合併で旧村名までしか地名表記されなくなった。
理由はほかにもいろいろあるかと思いますが、いかにももったいない。
行政を効率化する。郵便を効率化する。農業を効率化する。
様々な効率化の名の下に、小さな地名が無視され捨てられてきました。
豊かな意味を持つ、地域の誇りにつながる可能性を秘めた小さな地名。
これにこだわることが、効率化を最優先してきた社会からの脱却を図る第一歩かと考えています。
余計に”オシロンジョ””ハッコウデン”がどうなっているのか気になります。
(神田浩史)
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